蛹の時期

蛹の時期

動かない?

閉じこもってる?

ううん。そうなんじゃないんだよね。

わかってるよ。選んだんだよね。選んでるんだよね。そうなるように。

蛹の時期、それは何もしないで動いていないのではなくて、

中で人生最大くらいの変化をしている真っ最中。

すごく柔らかくて、すごく傷つきやすい真っ只中。

何もしてないのではない。

中で人生最大くらいの変化をしている時だからこそ、

外で行動的に見えるように振る舞う余裕なんてない。

精一杯、精一杯、準備をしているんだよね。

あと少し。

もう少し。

それまで、もう少し、待ってて。

もうちょっとしたら、これまで何だったの?!って思えるくらいに変わってるんだから。

そしてね、今のこの感覚、大切に感じようともしているんだよね。

それが、明日のやさしさにつながるはずだから。。

心の世紀

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21世紀は心の世紀と言われているらしい。

でも、正直なところ、どこが?!って思う。

人々のライフスタイルも、もちろん思考も、
働き方も、
社会の仕組みも、
学校も、
国家の仕組みも、前世紀の遺物をずっと引きずったままじゃんって思う。

人類が数千年かけて、多くの犠牲の上につくり上げてきたシステムだから、そう簡単に手放せるわけではないのかもしれない。

でも、
少しずつ、新しい生き方、ものの考え方をする人たちが増えてきている、目につくようになってきている。

まだ、そんな人たちはマイノリティー。
他の人たちからしたら、異端者。
クレイジーと思われているのかもしれない。

公平・公正を謳うマスコミも、既得権益の確保のスタンスを取っていることに疑うことを知らない。

では、その先の求めるべきものは何か?

その一つはワンネス、ホールネス、マインドフルネスといわれるものなのだと思う。

言葉こそ違えど、その求めるものは同じなのだと思う。

それぞれの言葉を使いながら、同じところへ行き着こうとしているのだと思う。

人が明確なゴールを設定し、追い求めていくためとすれば、ワンネスという言葉を使うのがいいのだと思う。

ワンネス自体は、スピリテュアルな用語として定着しつつある言葉であるため、偏見の目で見る人が多いという懸念があるが、それ以上の言葉を見いだせていない現状では最適と考える。

ワンネス、
今までいろいろ別なものと考えていたものやこと、
実はそれは、全て一つでつながっていた。

あれやこれやと別々のことのように、
ばらばらに思考して、
言い訳、理由をいつも考えて、
かけがえのない自分の時間やエネルギーを切り売りしてた。

ワンネス、一つ、というのは、
自分の心のこと、心の目のこと、心の奥、心の深い部分のこと

そこに、矛盾のない生き方をしていくことが
どれだけ大切なことなのかということ、なんだと思う。

やっぱりこう書くと、
スピリチュアルって思うかもしれないけど、

たとえば
嫌な予感、とか、
心の奥のざわざわ感だとか、
自分の直感だとか、
わくわく感だとか、
心の奥の部分からの、シグナル、大切な声だと思うと
あながち、誰もが否定するものではないのだと思う。

わくわくを押し殺して何かをした時、
それって、うまくいったとしても本当によろこべるものになっているのだろうか?
心がざわざわすることに何か理由をつけてやったとして、
それがたとえ上手くいったとして、
心からよろこべるだろうか?

答えはNOなのだと思う。

たぶん、いつもは、そんな小さな心の奥からの声を無視して生きてはいても
あるかないかと問われたら、
例をあげたら、
誰もがきりがないはず。

そんなことを、これから誰にでもわかりやすく、伝えていくことができたら、
これからの僕なりのチャレンジ。

直球の時もあり
何かのたとえに紛れさすこともあり、

自分が、
そして自分の周りの人が
そして自分を必要としてくれている人が
幸せで、笑顔あふれる一日一日を送っていってくれるよう
伝えられたら…と思っている。

反省するって

子どもたちに話したことです。

ねぇみんな、

何か、悪いこと、うまくいかなかったことがあって、

反省するって、どんな気持ちになる?

と問いかけました。

すると、子どもたちは、

もうしませんという気持ち。

みたいな優等生な発言をしてくれました。

そこで、

ううん。違うんだ。

もっと 素直な気持ちを聞いてるの。

ほんとの気持ちは、やだな〜。早く終わらないかなぁ。って思わない?!

と聞くと、

子どもたち、目をきらきらさせながら

そうそうと うなづいてくれました。

誰だって、ほんとはそうだもん。

で、

そんな気持ちになると、

みんなって、実は大人だってそうなんだけど、

いやなことって なかったことにしたくない?!

すると子どもたち、

また、うんうん。

で、さ、

そのあと、どうなると思う?!

子どもたち、???

なかったことにしたらば、また、悪いこと、うまくいかなったこと、繰り返すよね。

子どもたち、うんうん。

これを黒板に書いていきました。

悪いこと、うまくいかなかったこと → 反省、原因、理由を考える → いやな気持ち
 → なかったことにしたい → なかったことにする(忘れる) → 始めにもどる

すると、子どもたち、

うわぁ〜!また、繰り返すぅ〜!!

同じ悪いこと、繰り返しちゃうって、こんな仕組みが心の中で働いていたからなんだ。

で、どうするといいだろう??

子どもたち、う〜ん。

先生だったらね、

悪いことをしちゃったのは、もうしょうがないと思うんだ。

で、
大切なのは、やっぱり反省のところ。

次、どうすればいい?って考えてみたらどうかな?

子どもたち、あぁ〜!!

そう! 次、どうすればいいって考えれば、

いやな気持ちにならないよね。

子どもたち、いい気持ちになる!

そうそう! いい気持ちになったら、どう?!

子どもたち、いいことやりたくなる!

そうそう!それが、先生の考える反省なんだ。

今までの反省だと、嫌な気持ちになる反省だったんだけど、これからは、次、どうしていったらいい?って考えていきたいんだ。

みんなもそうしていきたいと思わない?
そうしていこうよ。

子どもたち、(*^^*)

そんな話をしました。

少しずつ、少しずつ、うまくいくように していきたいです。

うれしかったこと

久しぶりに学級担任になりました。

昨年度まで4年間、教務として、5年生の理科の授業や3年生のお習字などを教えていました。

先日、5年生のときに理科の授業をしていた6年生の子どもたちと廊下で会ったときに、雑談をして、

終わり際に、ある男の子から、何気なく

「先生、前のままでいてね。」

と言われました。

ほんと、それだけのことだったのですが、どんな意味だったのだろう?と思わせられました。

去年の理科の授業、

かちっとした授業ではなかったのかもしれません。

一番大切に思っていたのは、理科が好き、理科っておもしろそうって思えるような授業。

子どもたちの稚拙かもしれないけど、素直な疑問や興味を言語化させ、引き出しながら、授業をしてきました。

そんな、子どもたちの心を大切にしていたことが、子どもたちに伝わっていたのでしょうか。

そして、担任になっても、あれやこれやの縛りにとらわれて、去年の理科で子どもたちに伝えてきたことを忘れてしまわないでほしい…そんな思いが、あの一言に込められていたのかな?と思えました。

(なんとまぁ、お気楽な思考なのかもしれませんが…)

でも、もしそんなのだったら うれしいな と思たひと時でした。

再出発

ひょんなことから、これまでのデータがなぜか飛んでしまいました。

で、ブログタイトルはそのままですが、気分を一新して、新しくつくりかえてみました。

方向性は、サブタイトルにあるように、読んでくださる みなさんが 少しでも

日常生活の忙しさで なんだか 気がつかないうちに こわばってしまっていた
こころが ほっと、かるくなるような、

こころが わくわくする方に向かって 自然と 身体がうごきだすような、

そんなサイトをめざしていこうと思っています。

書く方も、リラックスして のんびりと たいせつと 思えること 書いていければと思っています。

どうぞ、末長く お付き合いしていただければと思います。